日本を代表する【SFショートショート作家・星新一】の作風について解説・考察していきます。
星新一とは?
星 新一(ほし しんいち)
日本を代表するSF作家・ショートショート作家。
1926年~1997年没。本名・星親一。
約40年間の創作活動の中で発表した作品は1000話を超える。
星新一とSF
SFとは?
SFは、小説ジャンルの一つです。一般的に「science fiction」の略称と認識され、科学の発想をもとにした近未来社会が舞台となることが多いです。
『月世界旅行』の作者・ジュール・ヴェルヌなど19世紀の西欧の作家をはじまりとし、日本では1953年、探偵小説専門雑誌『宝石』で初めて「SF」という言葉が使われました。
SF作家・星新一の誕生
1956年に「空飛ぶ円盤研究会」が日本で設立し、星新一は会員番号143番でした。
同じく会員であった柴野拓美らとともに「科学創作クラブ」を立ち上げ、1967年に同人誌『宇宙塵』を創刊します。
星新一は創刊号に『ある考え方』という随筆を寄稿します。ここで初めて「星新一」というペンネームが用いられました。
そして、第2号に処女作『セキストラ』を掲載し、それが探偵小説雑誌『宝石』に転載されます。
1959年、日本で最も長い歴史をもつSF専門誌『SFマガジン』が創刊されました。
この創刊は、のちに「SF御三家」と呼ばれるようになった星新一、小松左京、筒井康隆に大きく刺激を与えます。
星新一とショートショート
ショートショートとは?
ショートショートは、小説形式の一種です。
ユーモアやサスペンスを生かした落ちをつける、きわめて短い小説。空想科学小説(SF)や推理小説に属するものが多い。
『精選版 日本国語大辞典 第二巻』 小学館
ストーリーの長さは原稿用紙10~20枚程度とする意見が多く、短編小説の中でも特に短い小説とされます。
「ショートショート」という言葉は1930年代頃にアメリカで発祥しました。
日本では1959年に「エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン」翻訳版でフレドリック・ブラウンの『模倣的殺人法』が掲載されたときに初めて紹介されました。
星新一は生涯に1000話以上のショートショート作品を残しており、「ショートショートの神様」という異名を持っています。
また、眉村卓や阿刀田高なども日本の代表的なショートショート作家です。
ショートショート作家・星新一の誕生
星新一は初期に発表した4作品を通じて、独自の作風を獲得していきました。
・『殉教』
・『ボッコちゃん』
・『ミラー・ボール』
この4作品を発表した後、星新一の作品は「ショートショート」という言葉と結びつけて紹介されるようになり、「ショートショート作家・星新一」は広く認知されていきます。
『セキストラ』
(『ようこそ地球さん』文庫収録)
星新一の処女作です。
電気性処理機「セキストラ」が登場したことで社会が一変していく様を描いています。
「セキストラに関する資料の切抜きを、順を追って収集した」という文章で始まり、その後は雑誌や新聞などの記事のみをつなぐオムニバス形式で展開します。
この作品は文芸評論家・荒正人の目に留まるも、酷評されてしまいます。
『セキストラ』の発表直後、星新一は製薬会社の取締役を辞任することが決まりました。そしてその結果、星新一は作家になることを決意します。
会社をつぶした男を、まともな会社がやとってくれるわけがない。あこがれたあげく、作家になったのではない。ほかの人とちがう点である。やむをえずなったのだ。背水の陣ではあったが。
『きまぐれフレンドシップ』 星新一
荒正人の酷評もあり、作家として生き残るために独自の作風を模索し始めました。
『殉教』
(『ようこそ地球さん』文庫収録)
『セキストラ』に続いて発表された作品が、『殉教』です。
この話では、霊界と通信ができる機械が登場します。通信機で亡くなった家族や恋人と会話をした人々は、いかに死後の世界がすばらしいかを聞かされ次々に自殺していきます。
科学の発展によって生まれた通信機。しかしそれによって「死後の世界は素晴らしい」と人々は盲信するようになり、科学が宗教へと変貌していく様を皮肉的に描いています。
この話は、電気性処理機さえあれば世界平和は間違いないと信じる大衆の姿が描かれた『セキストラ』と似ている一方で、荒正人によって酷評されたオムニバス形式では描かれませんでした。
『ボッコちゃん』
(『ボッコちゃん』文庫収録)
『殉教』の後に発表されたこの話は、バーのマスターが道楽で作った美人のロボットが招く悲劇の話です。
これは自分でも気に入っており、そのごのショート・ショートの原型でもある。自己にふさわしい作風を発見した。自分ではこの作を、すべての出発点と思っている。
『きまぐれ博物誌』 星新一
私の持つすべてが、少しずつ含まれているようだ。気まぐれ、残酷、ナンセンスがかったユーモア、ちょっと詩的まがい、なげやりなところ、風刺、寓話(ぐうわ)的なところなどの点である。
「わが小説」朝日新聞 1962年4月2日 朝刊 東京
星新一の作風は『ボッコちゃん』で確立したかと思われましたが、次作の『ミラー・ボール』では、再びオムニバス形式に挑戦しています。
『ミラー・ボール』
(『つぎはぎプラネット』文庫収録)
『ミラー・ボール』は、新聞社の懸賞クイズを題材に、手紙だけで構成された作品です。
これ以降に発表された星新一の作品にはあまり見られない、固有名詞や時事用語の多用、原稿用紙55枚に及ぶ長さが特徴です。
この作品は、文芸評論家・林富士馬から、「やはり手紙体だけでは、既に小説の面白いところを支えるのには、単調で、弱い」という評価を受けます。
以降、星新一がオムニバス形式の作品を書くことはありませんでした。
試行錯誤の証である『ミラー・ボール』は、のちに星新一自身によって編集される全集『星新一 ショートショート1001』(新潮社)にも採用されませんでした。
星新一の作風解説
星新一の作風を解説するポイントは、
- ショートショートの3要素
- 3つの制約
- 多彩な題材
- 簡潔でリズミカルな文体
- 固有名詞を使用しない
です。
ショートショートの3要素
星新一は、ショートショートを書く上で次の3要素を重視していました。
・完全なプロット
・意外な結末
本来はアメリカの評論家ロバート・オバーファーストが提唱したものでしたが、星新一はそれぞれについて独自の考えを持っていました。
斬新なアイデア
・異質な言葉を組み合わせて意外な状況を作り出す。
・組み合わせるものがかけはなれていればいるほど、飛躍の効果は大きい。
完全なプロット
・プロットを作る方法を持っていれば、アイデアを効果的に生かせる。
・SFのアイデア自体が、収束よりも発展にむかう傾向を本質的に含んでいる。そのため、構成のことを片時も頭から離してはならない。
意外な結末
・星新一は「オチ」のある話を好んでいた(「ショートショート」という名称がつくまで自身の作品を「空想科学落語」と呼んでいた)。
・落語(発生は日本)、SF(発生は英仏)、ショートショート(発生はアメリカ)はどこか似た部分があり、結びつけた作品を作ろうとした。
3つの制約
星新一は作品を書く上で、次の3つの制約を自分に課していました。
・時事風俗を扱わない
・前衛的な手法を使わない
性行為と殺人シーンの描写をしない
作品の「希少価値を狙っていた」と星新一は語っています。しかし、のちにベッドシーンの描写が苦手でエロチック・ムードの話になりそうなアイデアを断念したことも明かしています。
星新一の作品は「人間が死ぬ」「人類が滅びる」といった結末を迎える話が多いものの、具体的な描写はありません。
時事風俗を扱わない
星新一は外国漫画のコレクションが趣味であり、時事風俗から離脱したアメリカ式手法を好み、影響を受けていました。
前衛的な手法を使わない
SFはそもそも前衛的なジャンルであり、発想で飛躍がある。そのうえ、手法でさらに飛躍したら雑然としたものになりかねない。そのように星新一は考えていました。
多彩な題材
星新一の作品はSFの題材が圧倒的に多いものの、多彩な分野でショートショート作品を残しています。
このことは、『江戸川乱歩 日本探偵小説事典』(河出書房新社)『日本ミステリー事典』(新潮社)『日本幻想文学事典』(筑摩書房)『児童文学事典』(東京書籍)『歴史時代小説文庫総覧 昭和の作家』(日外アソシエーツ)などで、星新一が紹介されていることからも分かります。
SF
星新一がSFで特に好んでいた題材が、「マッド・サイエンティスト物」です。常軌を逸した「博士」「科学者」「医者」といった人間が登場する話です。
一方、「タイムマシン物」と「ロボット物」は世間に多く存在する既存の作品との重複を恐れ、避ける傾向にあったようです。
ミステリー
『江戸川乱歩 日本探偵小説事典』(河出書房新社)では『セキストラ』『殉教』『ボッコちゃん』『空への門』『おーいでてこい』『治療』『処刑』が紹介されています。これらは探偵小説雑誌『宝石』に掲載された作品です。
ショートショート集『妄想銀行』は、1968年の第21回日本推理作家協会賞を授与しています。
ファンタジー
星新一の作品には、「神」「悪魔」「天使」「死神」「幽霊」「宇宙人」といった幻想のキャラクターが登場する話や、「夢のなか」「死後」といった架空世界が舞台の話が多くあります。
童話
ショートショート集『黒い光』『気まぐれロボット』は、星新一が「少年向けSF」「童話的SF」として手がけた作品です。
時代小説
ショートショート集『殿さまの日』『城のなかの人』は、星新一が「SF的視点」で江戸時代を眺めて書いたものです。
タイムマシンで江戸時代にやってきた博士が殿さまに現代の美食を要求される『博士と殿さま』など、科学的発想を直接的に結びつけた作品もあります。
簡潔でリズミカルな文体
星新一ショートショートに全体的に見られる文体の特徴には、
- 主語と述語がはっきりしている
- 一つ一つの文章が短く簡潔で、リズミカルでテンポがある
ことが挙げられます。
この特徴から、星新一のショートショートは翻訳しやすく、英語、ロシア語、韓国語などに訳され出版されています。
固有名詞を使わない
星新一の描く登場人物の多くは、「男」「女」「博士」などと表記され、固有の名前を持っていません(連作小説『声の網』や、長編小説『気まぐれ指数』などでは特例で名前が登場することもあります)。
「エヌ氏」は星新一が好んで使っていた記号のような名称であり、全作品を通して100回以上も登場します。
星新一は名前で登場人物の性格や年齢が規定されてしまうことを恐れていました。
固有名詞を使わないことは、登場人物を記号化・没個性化するための独自の手法でした。
まとめ
星新一の作品は、多くの年齢層の読者に親しまれています。
1000話を超える作品には、多彩なアイデアやさまざまな工夫を尽くして生み出された、今なおたくさんの人に読み継がれる秘密がつまっています。
最後に、この記事では、次の文献を主に参考にしています。
・星新一のエッセイ『できそこない博物館』(新潮社)『きまぐれ博物誌』『きまぐれエトセトラ』『きまぐれ星のメモ』『きまぐれロボット』(角川書店)
・『星新一 一〇〇一話をつくった人』(新潮社)
・『星新一 空想工房へようこそ』(新潮社)
・『星新一作品登場人物索引』(DBジャパン)
・『星新一 ショートショート1001』(新潮社)